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2021年5月29日土曜日

聖火、日本をつなぐ(滋賀)5月27日~28日

 福島からスタートした聖火は、栃木、群馬、長野、岐阜、愛知、三重、和歌山、奈良、大阪から四国の徳島、香川、高知、愛媛とまわり、九州の大分、宮崎、鹿児島から沖縄まで南下をした後、再び九州に戻り、熊本、長崎、佐賀、福岡を通って、本州の山口、島根、広島、岡山、鳥取、兵庫、京都を経て、滋賀に引き継がれた。

 滋賀県は、京都から電車で10分程にありながら、意外と人が大勢行かない所である。筆者も実は、1970年の大坂万博の時に、比叡山延暦寺根本中堂をお参りしてから、その後、1回くらい行ったか行かないかの記憶しかない。修学旅行等も含め京都に行った数とは桁違いである。

 でも、滋賀県には、日本地図で見ても明らかな全国一の大きい湖がある。琵琶湖という名前も、その風景同様、美しい。まるで琵琶の音色が聞こえてきそうで、素敵なおとぎ話の世界に引き込まれそうだ。天女が湖岸で琵琶を奏でる姿が目に浮かぶ。

 滋賀の人達は、コロナにも雨にも負けず、聖火をつないだ。その様子は以下のリンクでご覧頂ける。

琵琶湖唯一の有人島支える看護師「何が必要なのか見続けたい」滋賀県1日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)

日本のサブカル広めるコスプレパフォーマー「みんなまた違う希望に向かっていると思う」 滋賀県2日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)

 聖火ランナーの方々のインタビューを聞いていると、多くの方々が、この聖火を繋いだ出来事を、一つの自らの人生の節目のようなものにしていることに気づかされる。それは、家族、同僚、お世話になった方々への感謝だったり、自分がやってきた仕事、活動への思いだったり、これから挑戦する新しい事への希望だったり…。

 そして、走りながら、聖火を繋ぎながら、一人ひとりが感じていたのが、人とのつながり、人との絆。それも、家族や知り合いのみならず、見知らぬ人も応援してくれた、初めて会った人と会話して聖火をつないだ、とか、見えない糸で一瞬でしかないかもしれないご縁に感謝して、それを大切にしていることである。

 私達の毎日の生活もそうなのかもしれない。目の前にいる人に「有難う」という他に、見えないご先祖様や、この食事を頂けるために農業や漁業に携わっている人達等々、多くの方々のお世話になって生きているのである。だから、聖火ランナーの皆さんのように、誰にでも、元気な笑顔を振る向けられるようになりたいものである。

 下記は、昨年(2020年)秋、知り合いが撮影した琵琶湖から朝日が昇るところ。

日いづる国、滋賀の琵琶湖から平和と繁栄を祈りたい。












2021年5月27日木曜日

聖火、日本をつなぐ(京都)5月25日~26日

 福島からスタートした聖火は、栃木、群馬、長野、岐阜、愛知、三重、和歌山、奈良、大阪から四国の徳島、香川、高知、愛媛とまわり、九州の大分、宮崎、鹿児島から沖縄まで南下をした後、再び九州に戻り、熊本、長崎、佐賀、福岡を通って、本州の山口、島根、広島、岡山、鳥取、兵庫を経て、京都に引き継がれた。

 京都は、筆者も大好きな所で、小学校の時から何度も数えきれないほど訪問している。海外の方々にも人気なので、友人を随分案内したこともある。寺社が多く、日本の伝統文化を味わえる場所がたくさんあると同時に、食文化も発達している。お抹茶は、今やMatchaとして国際語になり、お茶として頂くのみならず、様々な食品に加工され、海外でも親しまれている。

 京都の風景も美しい。今回、コロナで公道での聖火リレーとならず残念だったが、それでも、京都は二日とも晴れた模様で、ランナーの方々は、聖火とともに、笑顔もつないでくださった。その模様、下記サイト(動画あり)でご覧頂けます。

グルメタクシー運転手「京都の飲食業と二人三脚で頑張りたい」 京都府 東京2020オリンピック聖火リレー開催レポート (olympics.com)

 上記サイトで紹介された聖火ランナーの岩間孝志さん、フランス在住の際に、1992年アルベルヴィル冬季大会にちょうど当たったと言う。偶然、筆者も、当時、パリに住んでいて、テレビで毎日のように五輪を観ていた記憶がある。

 京都は、日本の伝統文化の原点がある所と述べたが、拙著『オリンピックと日本人の心』(内外出版社)では、第7章で「日本文化とオリンピック」について記述した。茶道、華道、武士道等々、オリンピックの理念とも通じるところがある。

 華道「池の坊」が平和を祈って花を生けることから始まったこと。茶道では、献茶の儀式が、東日本大震災の津波の被災地で、海を前に行われたこと。今、日本を縦断している聖火リレーも、「聖なる火」をつないで、様々な祈りが捧げられているのだと思う。その一つが、コロナ収束でもあるのだろう。

 京都の夏の風物詩である「祇園祭」は、その始まりは、疫病収束祈願だった。何百年も前から引き継がれた日本人の心、今も残る。そんな京都での聖火リレーだった。

2021年5月25日火曜日

聖火、日本をつなぐ(兵庫)5月23日~24日

 福島からスタートした聖火は、栃木、群馬、長野、岐阜、愛知、三重、和歌山、奈良、大阪から四国の徳島、香川、高知、愛媛とまわり、九州の大分、宮崎、鹿児島から沖縄まで南下をした後、再び九州に戻り、熊本、長崎、佐賀、福岡を通って、本州の山口、島根、広島、岡山、鳥取を経て、兵庫に引き継がれた。

 兵庫県では、「緊急事態宣言」の下、聖火のセレモニーのみ行われた。

 兵庫県といえば、姫路城が世界的に有名である。筆者も、なかなか行く機会がなかったが、外国人の友人のリクエストで2015年に初めて姫路城の天守閣に上った。夏休みで混雑が予想され、週末を避けて訪れた。

 兵庫県での1日目の聖火セレモニーは、その姫路城で行われた。以下のリンク等をご参照下さい。

2018年R-1ぐらんぷり王者 「この経験を漫談で笑いに変えていきたい」 兵庫県 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)

 兵庫県2日目に行われた聖火セレモニーの第一走者の方々が印象的だった。どなたの計らいか分からないが、57年前の1964年の東京五輪の聖火ランナーのうち台風で走れなかった方々にトーチを翳して走ってもらったそうだ。57年前のランナー達を探して集めることも容易ではなかったことと想像する。

 兵庫県と言って忘れられないのが、1995年1月17日に起きた阪神・淡路大震災である。今回の東京五輪では、復興五輪として2011年3月11日の東日本大震災からの復興が主である(2013年のIOC総会で東京五輪が決定されたので、その招致の背景にあった)。が、あの阪神・淡路大震災も大きな衝撃であり、日本政府が危機管理の重大性を認識し、「危機管理監」を設置し、24時間の危機管理センターを設けたのは、それがきっかけだった。

 筆者は、1995年の大震災の1-2年前、貿易会社に勤務をしていた。その時、兵庫県の六甲アイランドの伊藤ハム工場に新しい生ハム製造機器を導入し、そのために来日するフランス人技師の通訳をするため、兵庫県の甲子園近くに長期出張をしていたことがある。

 あの大震災の当日、倒壊しかけた高速道路の真下を、毎朝、車で通勤していた。もし、1ー2年違っていたら、自分もその場にいたかもしれない。そう思うと他人事ではいられない。震災直後、当時お世話になった方々には、すぐお電話を差し上げたり、お手紙を書いたりした。その後も、この阪神・淡路大震災の復興については、仕事で、何度か現場を訪れる機会を頂いた。1つは、中山太郎元外務大臣が衆議院議員として、世界の医系出身国会議員を束ねた国際医師国会議員機構(IMPO)の会長として関西で国際会議を開催した際、兵庫の復興現場(病院等)を視察することにし、それに同行した事である。もう1つは、東京大学先端科学技術研究センターの御厨貴研究室の「安全・安心プロジェクト」の特任助教授として、受講生とともに、「人と未来防災センター」を見学し、被災者のお話を聞いたり、いかに一瞬にして建物が倒壊するかの恐ろしさを体感したりした。

 現在は、コロナばかりが強調されているが、人の命は1つ。病気で亡くなる方もいれば、津波、建物の倒壊、交通事故等、様々な形で、人の命は失われる。

 兵庫県では、毎年1月17日、その日の犠牲者を追悼して、火が灯される。それも寒い冬の朝5時台、まだ日が昇らぬ暗いうちに…。

 聖火、「聖なる火」が兵庫を通過した。

 そんな時、そっと慰霊の気持ちで、祈りたい。

 聖火をつないだ兵庫県の人々は、笑顔もつないでくれた。

 災害大国の日本、歴史的に多くの災難を乗り越えてきた。

 きっと今回も乗り越えられる。そんな希望をつなぐ笑顔である。


 

2021年5月23日日曜日

聖火、日本をつなぐ(鳥取)5月21日~22日

  福島からスタートした聖火は、栃木、群馬、長野、岐阜、愛知、三重、和歌山、奈良、大阪から四国の徳島、香川、高知、愛媛とまわり、九州の大分、宮崎、鹿児島から沖縄まで南下をした後、再び九州に戻り、熊本、長崎、佐賀、福岡を通って、本州の山口、島根、広島、岡山を経て、鳥取に引き継がれた。

 日本各地が梅雨入りしているが、聖火が届いた鳥取県は、聖火リレーの行われた2日とも晴天に見舞われた。日本海の美しい海や港の風景、大山を背景にした緑の景色、日本の民家が並ぶ街並み等、聖火をつなぐ背景も心穏やかにする。

 聖火は、今日、人から人へと繋がれるばかりでなく、日本のオリンピックや希望の歴史もつないで行く。2000年のシドニー五輪にトライアスロンで出場した米子市の小原工さんは、自分の経験を生かして、地元の子供たちに未来への希望を教えている。詳細は下記リンクでお読み頂ける。リンク内の動画では、境港駅の駅長さんや脳梗塞からリハビリを続け元気を回復した方の声も聞くことが出来る。

 地元で育成続けるトライアスロン元日本代表「オリンピックで走った場面が思い浮かんだ」 鳥取県1日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)

 下記リンクで紹介された佐々木哲也さんは、希望と夢と勇気のみならず、聖火は「笑顔」をつなぐものだということも教えてくれた。本当に、聖火ランナーの皆さんの笑顔は、どれも美しく、感動を与えるものである。笑顔は、人を幸せにする。

知的障がい者サッカー普及に熱意「自分も相手も大切にできる社会に」 鳥取県2日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)


 鳥取で聖火リレーが行われた日、そのすぐ近くの保育園では、毎月のお誕生日会が行われていた。日本でも海外でも、お誕生日といえば、バースデー・ケーキの蝋燭に火をともして、お誕生日を迎えた人が、周囲の人にバースデー・ソングでお祝いされた後、心で願い事を唱え、蝋燭の火を消す。それと共に、部屋の光が付けられ、新たな1年を歩み始める。

 聖火も、ともされながら、人々の様々な願い、望み、思い等を運び続けている。


 筆者は、5年ほど前に鳥取を訪れた。寒い2月で、鳥取砂丘は大嵐、傘をさして歩くことも出来ずに、砂まみれを避け退散。市内は、呉服屋さんが並ぶ商店街があったが、人は閑散としていた。当時、「カフェ砂場がスタバ(スターバックス)か」との議論が全国ニュースでも報道される程だったので、駅を挟んで両方を視察。ちょうどバレンタイン・デーの週末だった。スタバには大学生らしい人達が集っていた。スナバはお休みだった。駅は新しくなって、お洒落なお店も開店間近だったが、もっと鳥取の特徴を生かしたお店や町の活性化が必要な気がした。

 時間が限られ、市内では国定重要文化財の仁風閣・宝扇庵と日帰り温泉、海鮮市場くらいしか行かれなかったが、カニあり鳥取牛あり、美味しいものには事欠かない鳥取である。

 古事記の「因幡の白兎」で有名な白兎海岸も鳥取県にある。日本人が皆知っている神話の故郷、いつか訪れてみたい。お土産には、白兎のお菓子を求めた。そしてバレンタイン用に珍しい梨のチョコレート。結構、評判だった。

 鳥取で見つけた白兎、昨年は島根の出雲大社付近でも沢山見かけた。それから、山口県で宿泊したホテルには、「因幡の白兎」のお話が載っている『古事記』の本が置いてあった。日本や日本人の原点、こんな所で感じとることが出来る。

 そういえば、日本人(私の祖父も)が大好きな歌「ふるさと」は、♪ウサギ追いし♪で始まる。



2021年5月21日金曜日

聖火、日本をつなぐ(岡山)5月19日~20日

 福島からスタートした聖火は、栃木、群馬、長野、岐阜、愛知、三重、和歌山、奈良、大阪から四国の徳島、香川、高知、愛媛とまわり、九州の大分、宮崎、鹿児島から沖縄まで南下をした後、再び九州に戻り、熊本、長崎、佐賀、福岡と通って、本州まで北上し、山口、島根とと来て、広島から岡山に引き継がれた。

 岡山も、コロナ感染の拡大を免れず、「緊急事態宣言」の中、公道は走らず、聖火トーチ・キスで聖火をつなぐ式典形式での聖火リレー開催となった。

 それでも、一人ひとりに笑顔があった。感激で涙いっぱいの人、車椅子でももう少し走りたかったと言う人、2日前になくした親友に捧げた人、それぞれが前向きの姿勢を見せている。下記リンクで直接ご覧頂けるが、バルーン・アーティストの野村昌子さんは、「感謝と夢とエールを」伝えるため聖火トーチを握った。この「感謝」という言葉は、全国各地の多くの聖火ランナーが語っている。拙著『オリンピックと日本人の心』でも、「おわりに」のタイトルは、「オリンピックと感謝の心」である。そして、「夢がなければ何事も始まらない。」筆者の好きな言葉である。

野村さんは、保育園の子供たちに夢をつなげたい、と語った。将来を担う子供たち、たとえ小さくてあまり記憶に残らないかもしれないけれど、潜在意識には残り、大きくなって写真等を見て改めて感激するかもしれない。何かの勇気、希望になるかもしれない。そして、頑張っている人達、一生懸命生きている人達には、声援、エールを送ろう。アスリートでも、そうでない人でも。

  世界で活躍するバルーンアート作家「こんな時だからこそ前向きに」 岡山県 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)

 岡山県出身の高橋大輔選手。彼の偉業は、日本のオリンピックの歴史上、讃えることを忘れ得ない。男子フィギア選手で初のメダリスト(2010年バンクーバー冬季五輪で銅)。2018年の平昌五輪では羽生結弦選手、宇野昌磨選手が金、銀を獲得したが、男子フィギアを引っ張ってきた存在であったことは否めない。「初メダル」の歴史は消えることはない。

 そんな高橋大輔選手が、地元で感謝しながら聖火セレモニーに参加。オリンピックへの思いは、人一倍重い。上記リンクの岡山城で行われた1日目の動画をクリックすると、彼の言葉も聞ける。


 筆者は、岡山をきちんと訪ねたことがまだない。いつも素通りか駅を降りたくらいである。倉敷には一度行ってみたいと思うし、瀬戸内海の「鬼が島」等にも興味がある。駅にある「桃太郎」像、この「桃太郎」の勇敢な昔話を絵本で読んだことのない日本人の子供はいないくらい、有名で楽しいお話と歌である。♪桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけた吉備だんご、一つ私に下さいな。♪ 山に芝刈りに行くおじいさんと、川に洗濯に行くおばあさんに育てられた桃太郎が、猿、キジ、犬を連れて「鬼」を退治に行く。悪者を退治して得た財宝は、おじいさん、おばあさんへの感謝と地元に還元する。今でいうヒーロー物語である。昔から、桃の葉エキス等は身体に良い、毒消しの効果があると聞いた。

 コロナを収束させてくれるスーパー・ヒーロ―はどこにいるだろうか。

21世紀の桃太郎を期待したいものである。

2021年5月18日火曜日

聖火、日本をつなぐ(広島)5月17日~18日

  福島からスタートした聖火は、栃木、群馬、長野、岐阜、愛知、三重、和歌山、奈良、大阪から四国の徳島、香川、高知、愛媛とまわり、九州の大分、宮崎、鹿児島から沖縄まで南下をした後、再び九州に戻り、熊本、長崎、佐賀、福岡と通って、本州まで北上し、山口、島根と来て、広島に引き継がれた。

 広島には、アウシュビッツ強制収容所と並ぶ世界の「負の遺産」となる、原爆ドームがある。人類史上、初めて原子爆弾が投下された場所である。全くの新しい兵器が、核兵器の殺傷能力、放射能による人への被害、後遺症等、実際の影響力がわからないまま、実験のように、無実の市民たちが生活する空間に投下された。76年前の蝉の鳴く暑い8月6日のことだった。

 今日、コロナで緊急事態宣言が出されている広島だが、

そこでは、真の平和を祈って、聖火のトーチ・リレーが行われた。

リオ2016大会金メダリストが願う平和と東京2020大会への思い 広島県 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)

 上記のレポート内の動画を是非ご覧頂きたい。

 他界された「おじいちゃんの骨」と一緒に走ったお孫さん、

被爆者の家族として走った方等々、各人がそれぞれの思いで、広島平和祈念公園と福山市で聖火を繋いだ。

 言葉はいらない。見ているだけで、感動、感激、涙…。

 ありがとう、の一言。


2021年5月16日日曜日

聖火、日本をつなぐ(島根)5月15日~16日

  福島からスタートした聖火は、栃木、群馬、長野、岐阜、愛知、三重、和歌山、奈良、大阪から四国の徳島、香川、高知、愛媛とまわり、九州の大分、宮崎、鹿児島から沖縄まで南下をした後、再び九州に戻り、熊本、長崎、佐賀、福岡と通って、本州まで北上し、山口の後、島根に引き継がれた。

 島根と言えば、出雲大社。私達日本人は、十月を神無月と呼ぶが、それは日本中にいる八百万の神様が出雲大社に集まるから、神様がいなくなる月として、そう呼ぶ。でも、出雲には神様がたくさん集まるので、人々は、十月を神有(在)月(かみありづき)と言う。所変われば品変わるではないが、所変われば呼び名も変わる。

 以下のサイトが参考になる。読んで気づいたが、神々様をお迎えするのが旧暦の10月10日。稲佐の浜に篝火がたかれ、神々様をお迎えする。

旧暦10月「神在月」「神無月」全国の神は出雲大社でなにをするのか。出雲大社の「神事」- 1 | Discover Japan|ディスカバー・ジャパンー日本の魅力再発見ー (discoverjapan-web.com)

 (旧暦ではあるが)10月10日という日にちは、1964年の東京五輪の開会式の日を彷彿させる。「聖なる火」は、太陽から頂いた火、そして神様をお迎えする火でもある。

そういえば、薪能の冒頭、火入れ式というのが行われるが、とても厳かなものである。


 聖火リレーの模様は、下記のサイトでご覧頂ける。

 毎日毎日、現地のレポートを拝読しながら、たくさんの感動を頂いている。

人それぞれ、想像もできないような大変な困難を抱えながら、それを乗り超え生きている。

その姿に、尊敬の念をもって、感動している。

 生きるって簡単ではない。でも、人の心、人の助け、人のつながりで生きていける。

聖火ランナーの方たちが、そんなことを教えて下さっている。

「次のフランスでの聖火リレーにも応募したい」 島根県1日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)

 20歳でガン経験したミュージシャン「温かい笑顔で不安が全部吹き飛んだ」 島根県2日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)







2021年5月15日土曜日

聖火、日本をつなぐ(山口)5月13日~14日

  福島からスタートした聖火は、栃木、群馬、長野、岐阜、愛知、三重、和歌山、奈良、大阪から四国の徳島、香川、高知、愛媛とまわり、九州の大分、宮崎、鹿児島から沖縄まで南下をした後、再び九州に戻り、熊本、長崎、佐賀、福岡と通って、本州の山口に入った。

 山口での聖火リレーの一部は、以下のサイトで見ることが出来る。

「来たチャンスを必ずつかむ」 山口県 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)

 筆者は、昨年、出雲大社にお参りし、コロナの収束祈願を行った後、山口県を訪れ、日本の歴史、文化、教育等の足跡を辿った。1979年以来、実に40年ぶりの訪問だった。

 萩市に着いて驚いたのは、あまりに人が少なく過疎化が進んでいたことである。これは、島根や鳥取、岐阜等を訪問した時にも感じたことだ。東京に住んでいると地方の状況を忘れてしまいがちである。

 そういえば、福岡の聖火ランナーの一人が、築上町がこれ以上過疎化にならないよう人々が幸せに暮らせるようにしていきたいとの気持ちで走ったと語っていた。とても大切なことだと思った。

 「地方創生」という言葉は随分前から聞かれるが、こうして日本の地方各地を訪れると、活性化等は程遠いことを感じさせられる。政府は、より効果的な地方創生戦略を立て実行する必要があるだろう。また、地元でも職が少ない状態で、意外とぽつぽつと若い女性の外国人が働いていることが多く、とても不思議な感じがした(奈良でも岐阜でも山口でも)。

 萩市の武家屋敷を、江戸・明治に思いを馳せながら歩いていると、夏みかんの木がたくさん植わっているのが目に付く。地元の人の説明によると、明治の人達は、生活をつなぐのに、夏みかんの木を植えて、それを大坂商人に売って稼いでいたと言う。「夏みかん」というのは、大坂商人が付けた名前で、萩の人達は、「だいだい」と呼んでいたそうだ。今でも、「だいだい」という名前で、その柑橘類が売られているが、「だいだい」には、代々これをつないで、子孫まで繁栄することを願ったそうだ。そういえば、私達日本人は、「オレンジ色」を「だいだい色」と言う。ここから由来していたのかと初めて知る。

 萩には、松下村塾と明倫学舎という、かつて一種のエリート教育が行わた場所が残る。切磋琢磨して、人格を磨く、文武両道の教育を受けた人々が、日本の近代の国家建設に携わった。その当時の激動する世界の中で、藩同士の対立もあった中で、日本という国を守るために、民をまとめ、国民の将来を考えた国家建設をして行った。

 時代は変わるが、現在も世界の秩序が大転換を起こしている。この中で、日本をどのように動かして行くことが、日本人を幸せにすることになるのか。

 本州の西端の山口県の歴史は、色々教えてくれる。








2021年5月14日金曜日

聖火、日本をつなぐ(福岡)5月11日~12日

  福島、栃木、群馬、長野、岐阜、愛知、三重、和歌山、奈良、大阪、それから徳島、香川、高知、愛媛とまわって、大分、宮崎、鹿児島から沖縄に行き、熊本、長崎、佐賀から、聖火は、九州最後の福岡にわたった。

 コロナ禍で、公道を走ることはなくても、聖火リレーは福岡県の二か所で「聖火をつなぐ」セレモニーの形で行われた。

 以下のサイト、是非、ご覧下さいませ。特に、動画は、人々の表情が豊かで、短い中に、ぐっと来る言葉があります。

公道走れなくてもこの経験生かす 福岡県 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)


 ある人は言う。「聖火の光が輝いていた。」この輝きを、皆でつなごう。

ある人は言った。「火って炎ってすごい。」この炎の温かさを、皆に与えよう。

またある人は、「いろんな人の思い、気持ちがこの1つの火に込められている。」と述べた。そう、たかが1本のトーチ、1つの光、でも、そこには大勢の人の気持ちが入っている。だから大切につなぐ。

そして涙こらえて笑顔で答えた人。「長男を事故で亡くして10年。お空の長男と一緒に炎を見た気がした。」筆者の方が涙した。

 人の一生、人のいのちは一つ。コロナ禍ではあるが、命をおとすのはコロナのみではない。他の病気もあれいば、事故もある。津波もあれば、建物倒壊もある。

 みんな、それぞれの思いを抱え、苦難があっても、それを受け入れ、乗り越えようと努めている。だから、それぞれの人に機会を与え、勇気や希望を持ってもらいたい。

 東京オリンピックという貴重な機会、このためにはコロナ対策は欠かせない。もちろんテロ対策も地震対策も、水害や熱中症対策も。

 「蔓延防止」も「緊急事態宣言」も、発令しても、どれほどの効果があるのか。2020年4月―5月の「緊急事態」とは随分異なる。感染症対策としての基準も曖昧、東京五輪までのロード・マップもない。国境での水際対策も甘く、外国人の感染者が日本人の倍以上と報告されている(厚生労働省HP参照)。そしてワクチンの遅れ…。

 東京五輪の開催国として、政府(菅政権)が、より真剣により具体的に、より迅速により効果的に、国民の生命・財産を守るために取り組み、国民の負託に応えてくれることを願うばかりである。

 

2021年5月11日火曜日

聖火、日本をつなぐ(佐賀)5月9日~10日

  福島、栃木、群馬、長野、岐阜、愛知、三重、和歌山、奈良、大阪、そして徳島、香川、高知、愛媛から大分、宮崎、鹿児島ときて、沖縄に渡った聖火は、また長崎、佐賀と九州にやってきた。

 「海外でもまじめに頑張れば努力を認めてもらえる」 佐賀県1日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)

 5月9日の母の日に、遠く祖国にいるお母さんに届けたい聖火に託した自分の姿。

唐津の人々が温かく様々な人を受け入れてくれたことへの感謝等が、

上記サイトに綴られている。


失語症を克服、トーチをつないで絆の大切さ伝える 佐賀県2日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)

 思いもかけない病気とその影響で、当初の夢は叶わなかったけれど、

別の夢を追いかけて、亡きお父さんにも見てほしかった姿。

 人生には色々な苦労がある。それを乗り超えた先に、希望も。

そして、それを人々に伝え、つないで行く。

 聖火ランナーの皆さんの人生に、毎日、筆者は感動の連続である。

私こそ、有難うを言いたい。

 筆者は佐賀県に行ったことがないが、「さがびより」というお米や佐賀牛、美味しくて大好きである。それに、伊万里焼や有田焼、陶器が大好きで、国内外どこに行っても陶器を見たり買ったりしたくなる。

 いつか佐賀に行きたいと思っているが、その理由の一つは、そこに住む人たちに会いたいからだ。お一人は、有田町にいらっしゃる元特攻隊員で陶芸家、人間国宝の井上萬ニ先生。もうお一人は、武雄市お住まいの清水一智先生。

 様々な人生経験をされた先生方から伺うお話は多くのことを学ぶことができる。

 いつか佐賀を訪問することを夢見つつ…。


2021年5月7日金曜日

聖火、日本をつなぐ(長崎)5月7日~8日

  福島、栃木、群馬、長野、岐阜、愛知、三重、和歌山、奈良、大阪、そして徳島、香川、高知、愛媛ときて、九州は大分、宮崎、鹿児島と渡った後、沖縄に行った聖火は、再び九州に戻り、熊本の後、長崎に着いた。

 長崎には、5月7日に到着した東京五輪の聖火の他、もう一つ聖火がある。それは、特別にギリシャ政府から贈られた平和のための「聖火」である。長崎を人類最後の原爆投下の地として、二度と原爆が投下されないようにとの願いから贈られたものである。それは、今でも燃え続けている。

 以下のサイトでご覧頂ける通り、5月7日、75年前の被爆者の方が聖火を繋いだ。命の大切さを、人の心の有難さを、日々痛感して生きていらした方だろう。コロナ禍でも生き延びる、そんな勇気と、元気と明るさ、強さを頂いた気がした。

 聖火を一筋の希望の光としてつなぐ、大変な時だからこそ、重みを感じる。

5歳で被爆、生きてきた喜びを胸に走る 長崎県1日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)


「被爆者の祖父とともに平和の大切さ伝えていく」 長崎県2日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)


 2020年、当初の予定では、8月9日が東京五輪の閉会式の日だった。

すなわち、長崎原爆投下の日(命日)である。

(延期になり、今年の日程では一日繰り上がり閉会式は8月8日の予定。)

上記したように、長崎にはもう一つの平和の「聖火」がある。筆者は、

その長崎の聖火と東京五輪の聖火が繋がって、重なって、もっと大きな「聖火」として、

日本から世界へ平和が発信できたら良いと、ずっと思っていた。

 上に貼り付けた「長崎県2日目、聖火リレーデイリーレポート」に登場する長門さん、被爆者のおじいさんとともに、長崎原爆投下100周年(2045年)に向けて、「8月9日」の写真を世界中から集める平和運動をしているそうだ。

 こういう代々にわたる活動が大切である。歴史を風化させてはならない。

人類は過ちから教訓を学ばなければいけないと思う。

 祈りの長崎に思いを馳せて

 令和3年皐月九日

 鈴木くにこ

追伸 二〇〇九年に長崎の平和祈念式典に参列した際、地元の小学校を訪問して平和教育の現場に居合わせた。その時、学校では、毎月9日(8月9日に会わせて)を平和を考える日にしていると聞いた。ふっと気づいた。今日は、その9日、平和を考える日だった。





2021年5月5日水曜日

聖火、日本をつなぐ(熊本)5月5日~6日

  福島、栃木、群馬、長野、岐阜、愛知、三重、和歌山、奈良、大阪、そして

徳島、香川、高知、愛媛を経て、大分、宮崎、鹿児島から沖縄に渡った聖火は、

再び九州に戻り、本日、熊本県を走った。

 熊本と言えば2016年の熊本大震災を思い浮かべる方が多いと思うが、熊本では昨年2020年7月の豪雨でも大きな被害を受けている。そんな事を教えてくれたのが、今日の聖火リレーである。是非、下記サイトを読んで頂きたい。

豪雨で被災した地元に希望の光を 熊本県1日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)

 ライブ映像(再生版)を見ると、雨の中での聖火リレーの出発だった。その中でも笑顔で走るランナーたち。それも、被災地を励まそう、との気持ちがそのまま表れている。

 今、コロナ禍で、コロナで被災している方、犠牲になった方もいれば、それ以外の災難で命を落としたり、職をなくしたり、家をなくしたり、家族を失ったり、色々な立場の方々が、日本中にいる。

 聖火が希望の光として、皆の心をつなぎ、より良い社会が築けることを祈っている。


 熊本は、オリンピックとも深い関係がある。アジア人初のオリンピック参加を果たしたマラソンの金栗四三選手は熊本出身で、明日は、その生家の前も通る予定と聞いている。

 また、金栗選手の熊本での先生が、初のアジア人のIOC委員となった柔道の大家、嘉納治五郎先生だった。嘉納治五郎の妻は熊本県出身でもあった。

 熊本には、震災前に一度行ったことがあるのみだが、その時、山の頂に見えた天守閣の姿はよく覚えている。今、復興途上と聞くが、明日、その地に聖火が届く。


「司法試験に向け今日の応援をパワーに」

 熊本県2日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)


 東日本大震災の時もそうだった。被災した若者、子供たちが言ったことは、政府に何か支援してほしいということではなく、自分達が何を人のためにできるか、だった。

 上記の聖火ランナーの野口さんも、自らが避難生活をしながらも、災害ボランティアをする、そして今は熊本に貢献できる人になりたいと思っている。

 羽生結弦選手もそうだったし、筆者が石巻市で出会った人達もそうだった。

 それも、自然体でそういうことが出来る人々が、日本全土にいることが、素晴らしいと思った。見習いたい。


2021年5月4日火曜日

聖火、日本をつなぐ(沖縄)5月1日~2日

 福島から栃木、群馬、長野、岐阜、愛知、三重、和歌山、奈良、大阪、そして徳島、香川、高知、愛媛と来て、大分、宮崎、鹿児島と本州を南下した聖火は、いよいよ沖縄に渡った。

 沖縄県は、沖縄本島の他、幾つもの島々で構成されている。また、コロナ禍で、本島内は、沿道でリレーすることはせず、名護市や糸満市で、聖火ランナーが集って、聖火をつないだ。

その模様を以下のサイトでご覧頂ける。

 「沖縄らしさを出して元気を伝えたい」 沖縄県1日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)

 琉球文化の独自性、その明るさが筆者は大好きである。

 南国で、東南アジア等とも通じる色彩、文様なども見受けられる。

 筆者は、1985年に日本政府主催の「東南アジア青年の船」(SSEAYP : Ship for the South East Asian Youth Program)に参加した際、沖縄県出身の参加者からエイサーを習い、皆で東南アジアの国で披露したことがある。北海道から沖縄に至る日本全国からの参加者全員がエイサーを覚え、太鼓を叩きながら踊ったのである。

 東南アジアには、沖縄から移民された方もいらして、懐かしいと感激して頂いた。


沖縄県アンカー「精一杯、聖火をつなぐことができた」 沖縄県2日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)


 拙著『オリンピックと日本人の心』にも書かせて頂いたが、6月23日の「沖縄慰霊の日」は「オリンピック・デー」でもある。

 糸満市には「平和の礎」があるが、今回の聖火ランナーの上原さんが、平和の祭典であるオリンピックの聖火と、沖縄の「平和の火」が重なればいいと思ったと述べられたこと、

まさに、その通りである。

 聖火は聖なる火、祈りの火である。

 南国の明るい陽射しの中で、平和を噛みしめながら、

より良き社会、人々が活き活きと幸せに生きられる社会を築けたらと思う。



2021年5月3日月曜日

聖火、日本をつなぐ(鹿児島)4月27日~28日

  福島、栃木、群馬、長野、岐阜、愛知、三重、和歌山、奈良、大阪、そして徳島、香川、高知、愛媛を通って、聖火は、九州の大分、宮崎を経由して鹿児島に到着した。

 鹿児島は、本州の最南端、;その地まで聖火は届いた。

「こういう人も楽しく走っているんだと感じてもらえたら」 鹿児島県1日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)

天国の祖父がハグしてくれるかな 鹿児島県2日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)


 筆者は鹿児島にまだ足を踏み入れたことがない。

が、防人の地であり、西郷南洲(隆盛)の出身地であり、

桜島の壮大な自然がそびえる鹿児島に、是非、行ってみたい。

 今年、鹿児島は、静岡を抜いて、日本で一番のお茶の生産地になった。

鹿児島のお茶と言えば、知覧茶が有名だが、知覧と言えば、特攻隊の基地があった所。

山を越え行きにくい場所にあるとは聞いているが、訪問した人から、一度行くべき所と言われた。きっと涙なしにはいられないだろうが、日本人として、行っておくべき所の一つなのだろう。

 折しも、これを書いている日は、夏も近づく八十八夜、新茶の季節である。

知覧茶を飲みながら、75年以上前、日本国の為に命を捧げた若人たちのことを偲ばずにはいられない。

 聖火は、聖なる火、平和の灯とともに祈りたい。

2021年5月2日日曜日

聖火、日本をつなぐ(宮崎)4月25日~26日

  福島から栃木、群馬、長野、岐阜、愛知、三重、和歌山、奈良、大阪まで本州を南下し、徳島、香川、高知、愛媛と四国を渡った聖火は、九州の大分の後、宮崎に渡った。

 筆者は宮崎に行ったことがないが、特別な思い入れはある。

 というのは、拙著『オリンピックと日本人の心』の表紙の絵を描いて下さったイラストレーターの宮本知子さん(大分県出身でフランス在住)が、裏表紙の絵とした描いたしめ縄のもととなったのが、宮崎県の高千穂神社のしめ縄だったからだ。

 筆者が、知子さんに、「しめ縄という日本人の精神で、五輪の輪を描けないか」と提案したところ、知子さんは、日本全国のしめ縄を見ながら、高千穂神社のものをモチーフに選んだそうだ(詳細は、鈴木くにこ著『オリンピックと日本人の心』(内外出版社)あとがきをご参照下さい)。

 宮崎県内を走る聖火ランナーの皆さんを下記のサイトで拝見していて、ジーンと来て涙さえ出ているものがある。
 癌を患いその日まで生きていられるか分からなかった人、障害を持ちながら家族等に支えられて走る姿、一人ひとりがいのちを抱えて、一歩一歩前進して、感謝や希望や勇気や思いやりの気持ちをつなぐ、すなわち次の人に託すのである。

 私達の人生、いのちそのものを体現して下さっている気がした。ご先祖様から頂いた、この命を精一杯生きて、そして次世代につなぐ。たた自分だけ走れば良いのではなく、前の人達から受け継ぎ、そして後の人達に受け継ぐ…。そういう営みが、生命体のあらゆる所でおこなわれているのだろう。

「この希望を大変な中でもつないでいこうと思った」 宮崎県1日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)

 心臓手術を受けられたお父さん。家族や子供の支えがあって元気に回復して生きている。そんな経験を、筆者も見て来た。死の淵にまで行ったお父さんの支えとなったのは、子供たちの存在。子供たちの顔を見て、リハビリに励み、回復が進んだ。親の潜在意識に子供があり、子供も親を慕い愛している。

5人の子のパパ、心臓手術を乗り越え快走 宮崎県2日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)


 宮崎県には、元気で日本を思い社員を思う経営者の知人もいる。まだお目にかかった事がないが、いつか宮崎を訪問し、そのお店に伺いたいと思っている。

 あとは、かつて宮崎を訪問した人から聞いた生目神社にも行ってみたい。



2021年5月1日土曜日

聖火、日本をつなぐ(大分)4月23日~24日

  2021年(令和3年)3月25日に福島を出発した聖火は、栃木、群馬、長野、岐阜、愛知、三重、和歌山、奈良、大阪から、徳島、香川、高知、愛媛を通過し、いよいよ九州に渡った。

 九州最初の県が大分で、4月23日~24日に県内を走り、丁度、出発から1か月となった。

 1か月で15府県を渡った聖火、47都道府県の約3分の1を走ったことになる。下記も含め、毎日の映像を見ていると、海、山、田畑、新緑等、日本の美しさ、日本人の素朴な温かさ等を感じることができる。

 純真な心の大分県の聖火ランナーの方々、幾つになっても清らかな涙も、明るい笑顔も、どれもこれも心を打つ。家族、同僚、周囲の人々への感謝、今いる人、もういない人への感謝、聞いていて気持ちよくなる言葉が多い。

天国の母に捧げ走ったスーパーボランティア 大分県1日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)

 コロナ禍で、最前線の医療現場にいる方々の家族の一員である阿南美和さん。41歳で準看護師になった後、諦めきれず53歳で正看護師に。立派である。

看護師ランナー「医療従事者にエールを送りたい」 大分県2日目 東京2020オリンピック聖火リレーデイリーレポート (olympics.com)

 実は、筆者の友人にも、48歳で看護師になった人がいる。同窓会で会った時に、その話を聞き、驚き、尊敬の念さえ持った。まず、看護学部に入るための勉強、それから自分の子供と同じ世代の若い人達と一緒に学び、さらには就職。就職面接では、「あなたのような人を採用するメリットは?」と厳しい質問も投げられたと言う。お弁当を持って病院に勤務する毎日、高齢のお母様が支援して下さることもあるそうだ。

 さて、大分県といえば、湯布院が有名だが、温泉好きの筆者もいつか行ってみたいと思っている。それから、実は、拙著『オリンピックと日本人の心』の表紙の絵を描いて下さったイラストレータ―の宮本知子さんは、大分出身。彼女に大分に行きたいと言ったら、宇佐神宮への参拝を奨められた。何と、宇佐神宮は、全国にある約4万の八幡宮の総本宮だそうだ。

 これを書いている4月30日の2日前、たまたま筆者は、渋谷の喧騒から少し離れた金王八幡宮を参拝したばかりである。鯉のぼりが高い青空に泳いでいた。八幡宮の名前が金王というのも、金メダルを目指す五輪の選手たちの姿と重なった。